夜・文章講座について。
2010-06-28


きょう、今期2回めの夜・文章講座に参加者21名、課題作品の提出者は6名でした。

葉山チューターの次回(第3回)の夜・文章講座は、7月26日(月)午後6時30分からです。
内容、教材、そして課題の例文等について、下記にご案内します。

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●内容=企業・社会小説に向かう
●教材=北川荘平「青い墓標」(構想社『青い墓標』から)
*教材のコピーを文校事務局に用意していますので、クラスゼミの時などに手に入れて下さい。送付を希望の人は郵便代をご負担下さい。

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●課題=私の外の社会を人間関係の三角形で描くエッセイや小説の一節

 第三課題の例文を示します。一行あけごとに社会での居場所が移動し、人間関係の三角形が進展していきます。

 フライミートゥーザムーンを高らかに    渡利 真

 スミレ保育園の朝。香世が入っていくと子どもたちが駆け寄って来た。うれしい一瞬だ。自分たちがしている遊びを先生に見てもらいたくてたまらない。着替えてTシャツとジャージになると、相棒の初代先生が声をかけた。「香世先生、今日は台風が来そうだからお散歩は無理ですね」出勤の車中ラジオでもしきりに予報を流していた。空の雲も重い。「うーん、どうかなあ。散歩は子どもたちに大切だもの。ちょっと待ってね」香世はケータイで天気予報を調べる。確かに来ているが散歩の時刻には遙か南を通るはずだ。ぎりぎりまで待って進路が予測できると「行くよー」と子どもたちに声をかけた。またたく間に全員リュックを背負い、園庭に走っていく。「三歳児を。無謀だ、何考えてるンだろう」という声が、他の保育室の中から洩れてくる。怪我のないように、と子どもを囲い込むのは年配の保育士だけとは限らない。香世はちゃんと計画的なのである。常に走って子どもたちの先を行き、安全を確かめ「それっ」と気合をかけて進んでいく。自由にされている子どもたちは大人への信頼がある。給食前には誰一人怪我することなく帰って来た。「お帰り。台風はそれたみたいね」香世に一目置く所長も、ホッとしたように事務所から顔を出した。

 木曜日は保育所の早出だったので、午後五時半には家に着いた。車を置きマンションから歩いて駅前に出かける。一筋入ったところは昔からの商店街、とはいってもご多分にもれず大寂れだ。樋を共用している軒を重ねたような店が続き、道へはみ出したハンコケースの隣がマスターのジャズ喫茶だった。毎木曜には、先に店を開けるのが香世の役目。かすかに埃っぽい室内を軽く掃除し、カウンター周りを拭き、お湯を沸かしておく。ライブハウス、と言っても客席は片方の壁側のみ。演奏者との距離はほとんどない。いつも常連ばかりでもうからない上にマスターはお金にはまったく疎い。香世はトランペット吹きのマスターと一緒にいられればそれでよい。知り合った二年前は、彼は前々回の妻と離婚訴訟の最中だった。今の妻とも別れるつもりだが、その前の分が片づいていないのである。それもこれも優しい彼が凄腕の女に引っかかるせいだ、と香世は理解する。自分もジャズソングを習い始めた。見ると、ショーウインドウのようにギターを飾った窓から中を覗き込んでいる二人連れがいる。カウンターを出て、重い木のドアを開けた。「もう開店しています、よかったらどうぞ」化粧気無く、目鼻立ちがくっきりとした香世は、美人といえる。かいがいしく注文のコーヒーを淹れた。ライブの日ではないが、ピアニストのけいちゃんが来た。「あのう、歌ってもらえるんですか?」えっ、私人前で歌うの初めてだけど。客に促されて香世は習いたての「フライミートゥーザムーン」を歌った。悪くないな。


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